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静岡地方裁判所 昭和53年(ヨ)58号 判決

債権者

仁科敏夫

右訴訟代理人

佐藤久

清水光康

本杉隆利

藤森克美

白井孝一

伊藤博史

債務者

株式会社赤阪鉄工所

右代表者

赤阪忍

右訴訟代理人

向坂達也

主文

一  債権者が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、昭和五三年四月一日以降第一審本案判決言渡に至るまで一ケ月金一一万五〇〇〇円を各翌月一〇日限り仮に支払え。

三  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実《省略》

理由

第一申請の理由1、2の各事実は当事者間に争いがない。

第二そこで、本件解雇の効力について検討する。

〈中略〉

一まず、整理解雇の必要性について判断する。

〈中略〉

2 以上の認定事実によれば、昭和五二年一二月の時点における債務者の経営状況は、打開のための諸努力にもかかわらず、売上高の激減と多額の不良債権の発生により、創業以来の危機に直面し、当面の資金繰りに追われる状態となり、しかも不況は更に深刻化する様相を呈していたのであるから、合理的な企業運営の観点から債務者に相当数の余剰人員が生じ、債務者の経営者が経営危機を打開し、企業の存続を図るため、この余剰人員を削減するほかはないと判断し、そのための方策をとつたとしても、これは企業経営者として合理的な対処と方法といわざるを得ない。

3〈省略〉

4 一般に、経済不況、経営不振等による整理解雇は労働者の責に帰すべからざる事由により、企業全体の犠牲として労働者に従業員としての地位を失わせ、その生計の方途を奪うものであるから、その実施に当たつては、企業において人員削減の必要性が客観的に存在するとしても、事前に労働者にとつて最大の犠牲を払うこととなる解雇を極力回避するか、ないしは最少限度にとどめるため希望退職者の募集等労働者にとつてより犠牲の少ない合理的方法によつて人員削減を実施する努力が十分になされる必要があると解すべきである。

ところで、臨時工については、概念的に、企業が経済不況、経営不振に際し人員削減をせざるを得ない場合に、元来期間の定めのない契約により定年に至るまでの雇用を前提として採用された本工に先立ち、整理解雇を含む削減の対象者として選択されることはやむを得ないといえるものの、具体的には、雇用契約の成立、反覆更新の事情を含めた勤続期間、従事すべき作業の内容、時間等臨時工の実態及び企業に対する結び付きの度合、貢献度等の如何によつては、企業に対し前記のような希望退職者の募集等の方法を広くとり、これにより臨時工に対する整理解雇を回避し、若しくはその対象者数を減少せしむべき努力が要求される場合も少なくないといえる。

二そこで、次に、本件解雇における解雇対象者選定の合理性について検討するに、本件解雇が臨時工のほぼ全員に当たる一一〇名を対象としてなされたことは当事者間に争いがない。

1  まず債務者における臨時工の実態及び債権者の就労状況等についてみるに、〈中略〉を総合すれば、以下の事実が一応認められ、これに反する疎明はない。

(一) 臨時工の実態

(1) 債務者の従業員には、本工、臨時工、嘱託の種別があり、その総数は昭和五三年一月三一日の時点で九八八名で、うち臨時工一一六名(11.8パーセント)、嘱託一六名(1.6パーセント)であり、右臨時工と嘱託は労働組合に加入できず、就業規則も本工と別に定められ、給与体系も本工と別となつていた。

また、本工は、大学の新規卒業者で筆記、面接の両試験を経て毎年四月一日に入社するのに対し、臨時工は債務者内の各職場で必要な都度、総務課の担当者が面接程度で採用してきた。

そして、臨時工から本工になるには改めて本工登用試験に合格しなければならなかつた。

(2) 臨時工の作業内容は、一般的には基幹的部署(債務者におけるいわゆるエンジンライン)以外の付随作業ということができ、特に臨時工の大半を占める女子は、多くが四〇才以上で、清掃、ペンキ塗り、部品搬送、工場庶務、各種事務等の付随作業に従事していたが、男子の場合は夜警、部品搬送等の付随作業に従事する者から、鋳造や機械運転等の基幹的部署に従事する者まで様々であつた。そして、本工も付随作業に従事していたから、多くの部署において本工と臨時工の両者が配属されている状態で、その場合、両者は共同して作業することも多く、また、臨時工の中にはクレーンの免許を取得する者もいるなど、技術や能力の上でも必ずしも臨時工が本工に劣るわけではなく、本工と同等もしくはそれに近い仕事をしていた者も相当数いた。

(3) 臨時工の中、特に男子臨時工の中には、就職後一、二年で各職場の上司から推せんされて本工採用試験を受ける者が多く、毎年数名(多い年は三〇名以上)が本工に採用され、昭和二八年から昭和五〇年までに臨時工から本工に採用された者は約二七〇名に及び、これは本工全体(本件解雇当時約八五〇名)の約三分の一を占めるに至つている。そして、臨時工は入社時やその後に職場の上司等から本工採用の可能性の説明を受けた者が多く、右のような過去の実績と相俟つて、臨時工には本工採用への期待が強かつた。

(4) 臨時工は一定の雇用期間を限つて採用され、期間満了の都度更新されてきたところ、その期間は当初六ケ月であつたが、前記不況の影響、深刻化を反映して、昭和四九年一〇月からは三ケ月、昭和五〇年一〇月からは二ケ月と漸次短縮されてきた。しかし、右契約更新に際しては職場の担当者等から何らかの説明もなされず、極めて事務的、形式的に継続されていた。

また、臨時工の勤続年数は平均して八年に及び、最短期の者でも三年六ケ月、最長期の者は約二〇年にも及んでいた。

(二) 債権者の就労状況

(1) 債権者は昭和四六年二月八日に臨時工として入社し、豊田工場の鋳造課中子組に配属となり、多くの本工とともにエンジン本体となる鋳物の砂型を造る作業に従事し、入社後半年位でその作業をほぼ修得するようになつた。

そして、右職場の上司からクレーン免許の取得を勧められ、他の本工とともに講習と試験を受け、臨時工では債権者だけが合格し、その運転資格を取得した。また、昭和四六年末には上司の勧めと推せんにより本工採用試験を受けた。

(2) しかし、債権者は理由も示されず本工不採用となり、更に翌年二月には突然中港工場への配転を命ぜられ、同工場製品本部の営繕組に配転された。

右本工不採用や突然の配転命令は、債権者が組合活動やサークル活動に関心をもち、積極的であつたことが原因であるとの見方が可能である。

(3) 配転された営繕組は大工、左官、板金等の作業が内容となつており、債権者のそれまでの作業内容とはまつたく異質であつたが、債権者はそこでも本工や嘱託とともに作業に励み、左官作業を修得し、更に板金部門の担当者(元本工)の後任として選ばれて右部門に移り精励していた。

2  右認定事実によれば、債務者における臨時工は、雇用契約上は確かに一定期間が定められているけれども、その契約更新の実態、勤続年数等からすれば、期間満了毎に更新を反覆継続することにより、右期間の定めはほとんど形式にすぎないものとなり、実質的には期間の定めのない契約と異ならない状態となつていたものというべきである(不況の影響を反映して契約期間を漸次短縮したことも右判断を左右するものではない。)。

そして、臨時工が組合に加入できず、就業規則や給与体系も本工のそれとは別個であつたにせよ、その作業内容の実態、本工採用の実績、本工採用を期待させるような債務者側の言動等をみると、債務者における臨時工は、臨時工だけが行う付随作業のみに従事している者から、本工とまつたく同等の技術、能力をもつて基幹的部署で作業している(しかし何らかの理由で本工採用になつていない)者まで様々な実態をもつて存在しているのであつて、これを有期契約という形式だけから、特に整理解雇の対象者の選定に際し、一律に本工と区別して扱うことは相当でない状態にあつたものというべきである。

これを具体的に債権者についてみると、債権者はその勤続年数、当初の配属部署及び作業内容、クレーン免許の取得、本工不採用及び配転の経緯、営繕係としての勤務状況からみて、本工と実質的に変りない実態を有していたものということができる。

3 そこで、本件解雇の合理性について判断するに、本件解雇はいわゆる傭止め(契約の更新拒絶)ではなく、就業規則に基づく解雇であるけれども、それは形式的な期間の定めのあることに根拠を求めて臨時工のほぼ全員を解雇対象者として選択し一律になされたものであつて、債務者における以上のような臨時工の実態を無視した方法自体合理性に疑問の残るものであるといわざるを得ない。

特に、債権者のように、臨時工の中でも本工と実質的に変らない実態を有していた者について、これを一律解雇の対象者に含めるということは、債権者の債務者に対する結び付きの度合ないしは貢献度をまつたく無視するものであつて、人員整理の方法に本工との差異が著しく、合理性に欠けるきらいを免れない。

また、債務者における前記のような臨時工の実態及び臨時工の大半を占めるのが四〇才以上の女子であり高齢者も多いという構成からすれば、債務者の経営者に対しては、本件解雇決定の前に、希望退職者を募集して極力解雇を回避する努力あるいは少なくとも臨時工の構成、実態に応じた選別をして解雇対象者を圧縮する努力が要求されるものというべきである。

そして、前記一3認定の本件解雇後の事情の変化を考慮にいれるならば、債務者の経営者に対し、本件解雇の事前に人員削減のためのこのような方法の実施を求めたとしても、ただちに経営に蹉跌をきたすが如き過大な努力を強いるものではないといえる。

従つて、前記のような本工との不当な差異に加え、右のような解雇前の努力の欠如を考慮すれば、債権者に対する本件解雇は合理性を欠くものといわざるを得ない。

三更に、本件解雇手続の相当性について検討する。

1  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が一応認められ、これを履すに足りる疎明はない。

(一) 債務者は前記のとおり昭和五二年一二月に寮の賄婦等の女子六名を除く臨時工全員一一〇名の解雇を決定し、労働組合に対し理解と協力を求めるべく、翌年一月一七日から折衝を始めた。

右折衝において、債務者が組合に対し、経営危機の状況、本件解雇の必要性、退職条件等につき説明したのに対し、組合は主として、男子臨時工二八名と一八才未満の子女を養育している寡婦八名を解雇対象から除外すること及び勇退協力金や再就職の斡旋等の退職条件の改善を要求して再三交渉を重ねたが、前者の要求については債務者の応ずるところとならなかつた。

(二) そして、同年一月二六日に至り、突然、債務者は臨時工を集め、本件解雇の止むなきに至つた事情及び再就職斡旋計画、退職条件等を説明し、臨時工一一〇名に対し、同年三月三一日(但し、夫婦双方あるいは親子双方が臨時工である場合のどちらか一方、一八才未満の子女のいる寡婦等については同年六月三〇日)をもつて解雇する旨の解雇通知を手渡した。退職条件は、餞別金として一律三万円、賞与分として基本給の0.8ケ月分、勇退協力金として勤続年数に応じて基本給の0.5ケ月分から四ケ月分を支給し、再就職を斡旋するというものであつた。

右解雇予告に至るまで、臨時工に対しては、債務者からも組合からも事前の説明や話合いはなされていなかつた。

(三) 組合は同年一月三一日、代議員会において、債務者の現状、将来の見通し、労働組合としての性格からみて解雇撤回要求は困難と判断し、今後は退職条件の改善に努力する旨機関決定し、翌二月一日臨時工に対し右決定を説明した。債権者は組合に対し、解雇は不当としてその撤回要求に協力することを求めたが、組合は右機関決定に基づき右協力を拒否した。

そして、その後の債務者と組合との協議の中で、被解雇者に対する賞与金の支給、勇退協力金の支給について若干の改善をみた。

(四) 右のような経緯の下に、債権者を除く臨時工の多くは本件解雇に多大の不満を抱きながらも、今後の生活費として勇退協力金の必要に迫られる等の事情もあつて、止むなく本件解雇に従つた。

2  右認定事実によれば、債務者は臨時工のほぼ全員に対する一律解雇の方針を遂行する態度を堅持し、本件解雇について、対象者となつた臨時工らを交渉相手とすることを避け、臨時工に対して事前に直接何らの説明もなさず、組合のみを相手にしてその協力を求めているけれども、前記のとおり、臨時工は組合に加入していないのであるから、右組合が臨時工の利益を代表しているとはいい難いうえ、当面の課題は人員整理という本工と臨時工の利害が対立することの明らかな問題であることを考慮すれば、債務者のとつた右態度は解雇の事前手続としては甚だ不十分といわざるを得ない。

四本件解雇の効力

以上にみたところを総合すれば、前記のような経営危機の状況下で、債務者に相当数の余剰人員が生じ、債務者の経営者が企業の維持のため余剰人員の整理が必要であると判断した点には相当性を認めることができるけれども、右人員整理の方法として、前記のとおり臨時工のほぼ全員に対する一律解雇の方法を実施したことは、債務者における臨時工の実態を無視したものであつて、その合理性は甚だ疑問といわざるを得ず、ことに債権者のように本工と実質的には変りのない実態を有していた臨時工については、これを本工と区別し、事前に希望退職者募集の方法も考慮せずになされた本件解雇は著しく合理性を欠くものというべく、加えて、事前に債務者との交渉の機会もまつたく与えずに一方的に実施した解雇手続上の不当性も考慮すれば、本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効なものといわざるを得ない。〈以下、省略〉

(高瀬秀雄 吉村正 荒井勉)

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